あの頃の、音の余韻。
小さなチャイムとともに、学校の記憶へ。
約13秒、一度だけ。途中でも止められます。
学校をイメージした合成音です。校歌や、旧大浜小学校で録音した音ではありません。音量は端末の設定によっても変わります。
OUR STORY 私たちの想い
記憶を、つなぐ。
この学校の、
次の物語。
場所の記憶を残したまま、次の役割へ。
大浜スイーツアカデミーは、廃校を「終わった場所」ではなく、新しい仕事とおいしさが生まれる場所へ変えてきました。
物語にふれる
01 / OUR BEGINNING
廃校という「終わり」を、
地域の「始まり」に。
大浜の旧小学校には、長いあいだ地域の子どもたちの時間が積み重なっていました。その記憶を壊さず、ものづくりという新しい役割を重ねる。
私たちは、ここでチョコレートや焼き菓子をつくり、全国へ届けています。
学校だった時間の、その先へ。
02 / STORY READER
受け継ぐ、
学校の記憶。
旧校舎と大楠の記憶を、今の暮らしの中へつなぐ。
気になる章から、この場所の物語を。
章を選ぶと、写真と文章が切り替わります。
CHOOSE A CHAPTER
PEOPLE.
SWEETS.
MEMORY / 01THE SCHOOL
ここは、かつて
小学校でした。
大浜の旧小学校には、長いあいだ地域の子どもたちの時間が積み重なっていました。
PLACE / 02OUR SYMBOL
場所の記憶を、
今の暮らしへ。
旧校舎と大楠の記憶を、今の暮らしの中へつなぐ。
CRAFT / 03OUR CRAFT
ここでつくり、
全国へ届ける。
私たちは、ここでチョコレートや焼き菓子をつくり、全国へ届けています。
OHAMA / 04VISIT OHAMA
お菓子の向こうに、
大浜という場所。
商品をきっかけに、この町や場所へ興味を持ってもらう。年表・閉校式の言葉・校歌。ここに残る記録を、この下に収めました。
ORIGINAL HISTORY / 学校の記録
あの頃の、
言葉と記憶。
瀬戸内海に面した荘内半島のほぼ中央部。海の見える小さな集落に、 この学校は1892年(明治25年)に産声を上げた。 正式名称「荘内村立大浜尋常小学校」。 以来、明治・大正・昭和・平成と4つの時代を越え、 地域の子どもたちの成長を見守り続けた。
- 開校からの歴史
- 127年
- 巣立った卒業生の数
- 6,000人超
- 最後の在校生
- 11人
- 閉校式の出席者
- 100人超
SHONAI PENINSULA / 大浜
荘内半島の海の学校。
KAGAWA / MITOYO / OHAMA大浜小学校が立つのは、香川県三豊市詫間町大浜—— 瀬戸内海に突き出た荘内半島の中ほどに位置する、 自然豊かな漁師町だ。 春には紫雲出山の桜が周辺を彩り、 学校への道沿いには瀬戸内の穏やかな海が広がる。 澄んだ空気と夜空に輝く星。 古くから浦島伝説が残るこの地で、 子どもたちは海を見ながら育った。
近隣には海水浴場や潮干狩りができる浜辺もあり、 季節のたびに地域の人々が集まる場所でもあった。 大浜小学校は、単なる教育施設ではなく、 この地域そのものの「顔」だった。
TIMELINE / 学校の歩み
明治から令和へ。 4つの時代を越えて。
大浜小学校の127年は、日本の近代化と重なるように刻まれてきた。 小さな漁師町の学校が、どのように時代をくぐり抜けてきたか——。
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1892(明治25年)
荘内村立大浜尋常小学校 創立
荘内半島・大浜の地に小学校が誕生。 大浜・積の簡易学校を合わせ開設。 瀬戸内の漁師町の子どもたちが集う学び舎として歴史が始まる。
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1903(明治36年)
現在地へ新築移転
荘内半島の大浜地区・現在地に新校舎が完成し移転。 以来この場所が、地域の子どもたちの「中心」となる。
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1905(明治38年)
大浜尋常小学校と改称
正式に「大浜尋常小学校」へ改称。 地域に深く根ざした学校としての歴史が本格化する。
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1965(昭和40年)
校章・校歌の制定
「大」の字を羽ばたくカモメで表した校章が制定され、 校歌も同年に誕生。以来50年以上、卒業式で歌われ続けた。
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1991(平成3年)
開校100周年
創立100周年を地域全体で祝う。 過疎化が進む中でも、大浜の人々が守り続けた学校の節目。
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2019年3月19日
閉校式 — 127年の幕
最後の在校生11人「なかよしイレブン」と 保護者・地域住民約100人が体育館に集まり、閉校式が執り行われた。 三豊市出身の臼杵美智代さんによるサヌカイトの演奏に合わせ、 来場者全員が校歌を口ずさんだ。
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2019年3月31日
大浜小学校 正式閉校・詫間小学校に統合
三豊市の学校再配置計画により詫間小学校へ統合。 127年の歴史に静かに幕が下りた。
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2023年 夏
大浜スイーツアカデミー 開校
廃校となった校舎を株式会社本気モードが取得。 地域の記憶を守りながら、新たな産業と雇用を生み出す スイーツ製造拠点として再生。大楠の木は今も変わらず、 この地を見守り続けている。
Last Chapter — 最後の日
11人の子どもたちと、最後の校歌。
2019年3月19日。閉校式の日。 在校生11人は自ら「なかよしイレブン」と名乗り、 127年の歴史に終止符を打った。 体育館には約100人が集まり、 前川紀子校長は子どもたちにこう送り出した。
校章のカモメのように新しい世界へと
前川紀子 校長 — 2019年3月19日 閉校式
大きく羽ばたいてください
仲良しイレブンを合言葉に11人でいろいろなことをしたことが、僕の大切な思い出になりました
最後の在校生 — 閉校式での言葉
学校がなくなったら校歌もなくなります。6年間歌い続けた歌がもう聴けないと思うと、とても悲しいです
最後の在校生 — 閉校式での言葉
Community Voice — 地域の声
地元議員が語った、閉校の重さ。
2019年3月19日の閉校式。詫間地区議員を代表して壇上に立った 三豊市議会議員・浜口やすゆき氏は、 地域の高齢化と少子化という現実を率直に語りながら、 学校が地域に果たしてきた役割の大きさを改めて示した。
閉校という言葉を今一度かみしめ、卒業生や地域の皆様をはじめ、関係者の皆様の心情を思いますとき、愛惜の念、いかばかりかとご推察申し上げます
浜口やすゆき(三豊市議会議員・詫間地区代表)— 2019年3月19日 大浜小学校閉校式 挨拶より
浜口議員はまた、閉校の背景として 「地域社会の高齢化と少子化」「年々減少する児童数」「大浜幼稚園の園児数減少」を挙げ、 大浜地区が抱える課題を丁寧に説明した。 それは批判でも嘆きでもなく、 地域の現実を次の世代に正確に伝えようとする、 地元に生きる人間の誠実な言葉だった。
残された校舎や体育館を無駄にすることなく、市民と市外や海外からの御客様の新たな交流拠点になることを希望します
三豊市議会議員(閉校式への参加コメント)— 2019年3月
閉校から4年後の2023年夏、 大浜スイーツアカデミーはまさにこの言葉を体現するように誕生した。 「市民と、地域外からのお客様が交わる場所」として。 地域の人々の願いが、一つひとつ形になりつつある。
School Song — 校歌
歌声は、まだここにある。
昭和40年に制定された校歌は、 半世紀以上にわたって子どもたちに歌われてきた。 閉校式では全員が声を合わせ、 体育館いっぱいに歌声が響き渡った。 その言葉は、この地の自然と子どもたちへの祈りそのものだ。
WORDS WE CARRY / 1965
大浜小学校 校歌 — 第一番
燧灘(ひうちなだ)——瀬戸内海の最西部に広がる、 穏やかで豊かな内海。 この校歌は、荘内半島で育つ子どもたちを 「潮の流れ」に重ねた詩だ。 豊かに、強く、美しく。 その言葉は今も、大浜スイーツアカデミーのものづくりの根底に流れている。
MEMORY LIVES ON
場所が持つ記憶は、
消えない。
大浜スイーツアカデミーには、 大浜小学校の卒業生が多く働いている。 思い出深い学校で再び働けることを、 彼らは心から喜んでいる。
製造ラインが動くたびに、廊下に香るチョコレートの甘い香りは、 かつての給食室から漂っていたにおいとは違う。 でも、人々の笑い声と仕事に向かう真剣な目は、 かつてこの校舎を満たしていた子どもたちの気配と どこか重なる。 場所が持つ記憶は、消えない。
学校の歴史・校歌・地域の声は、旧歴史ページの原文に基づいて掲載しています。
校歌は第一番、閉校式の言葉は原文に掲載された引用の範囲を収録しています。
03 / WHAT WE VALUE
おいしさの先に、
地域の明日がある。
人が働く。商品が売れる。大浜を知る人が増える。ひとつのお菓子から生まれる小さな循環を、大切にしています。
4つの視点から、私たちの想いへ。
おいしさの理由を知る04 / NEXT STORY
この場所の、つづきへ。
つくる人。おいしさ。そして、大浜。
気になる物語から、もう少し先へ。
03 / VISIT OHAMA