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大浜小学校の体育館
History

1892 → 2019 → 2023

大浜小学校の歴史 127 Years of
Memory.
The School that Lives On

香川県三豊市詫間町大浜 — 荘内半島 6,000人以上の卒業生が巣立った、地域の記憶。

The School — 大浜小学校とは

数字が語る、127年。

瀬戸内海に面した荘内半島のほぼ中央部。海の見える小さな集落に、 この学校は1892年(明治25年)に産声を上げた。 正式名称「荘内村立大浜尋常小学校」。 以来、明治・大正・昭和・平成と4つの時代を越え、 地域の子どもたちの成長を見守り続けた。

127
開校からの歴史
6,000人超
巣立った卒業生の数
11
最後の在校生
100人超
閉校式の出席者
大浜スイーツアカデミーの広大な敷地・旧大浜小学校全景 旧大浜小学校 — 22,640㎡の敷地。4つの時代を刻んだ学び舎。

Location — 場所の記憶

荘内半島の海の学校。

大浜小学校が立つのは、香川県三豊市詫間町大浜—— 瀬戸内海に突き出た荘内半島の中ほどに位置する、 自然豊かな漁師町だ。 春には紫雲出山の桜が周辺を彩り、 学校への道沿いには瀬戸内の穏やかな海が広がる。 澄んだ空気と夜空に輝く星。 古くから浦島伝説が残るこの地で、 子どもたちは海を見ながら育った。

近隣には海水浴場や潮干狩りができる浜辺もあり、 季節のたびに地域の人々が集まる場所でもあった。 大浜小学校は、単なる教育施設ではなく、 この地域そのものの「顔」だった。

荘内半島の自然 瀬戸内海と島々

大浜スイーツアカデミーを囲む荘内半島の自然 / 瀬戸内海

Timeline — 歩み

明治から令和へ。
4つの時代を越えて。

大浜小学校の127年は、日本の近代化と重なるように刻まれてきた。 小さな漁師町の学校が、どのように時代をくぐり抜けてきたか——。

1892(明治25年)

荘内村立大浜尋常小学校 創立

荘内半島・大浜の地に小学校が誕生。 大浜・積の簡易学校を合わせ開設。 瀬戸内の漁師町の子どもたちが集う学び舎として歴史が始まる。

1903(明治36年)

現在地へ新築移転

荘内半島の大浜地区・現在地に新校舎が完成し移転。 以来この場所が、地域の子どもたちの「中心」となる。

1905(明治38年)

大浜尋常小学校と改称

正式に「大浜尋常小学校」へ改称。 地域に深く根ざした学校としての歴史が本格化する。

1965(昭和40年)

校章・校歌の制定

「大」の字を羽ばたくカモメで表した校章が制定され、 校歌も同年に誕生。以来50年以上、卒業式で歌われ続けた。

1991(平成3年)

開校100周年

創立100周年を地域全体で祝う。 過疎化が進む中でも、大浜の人々が守り続けた学校の節目。

2019年3月19日

閉校式 — 127年の幕

最後の在校生11人「なかよしイレブン」と 保護者・地域住民約100人が体育館に集まり、閉校式が執り行われた。 三豊市出身の臼杵美智代さんによるサヌカイトの演奏に合わせ、 来場者全員が校歌を口ずさんだ。

2019年3月31日

大浜小学校 正式閉校・詫間小学校に統合

三豊市の学校再配置計画により詫間小学校へ統合。 127年の歴史に静かに幕が下りた。

2023年 夏

大浜スイーツアカデミー 開校

廃校となった校舎を株式会社本気モードが取得。 地域の記憶を守りながら、新たな産業と雇用を生み出す スイーツ製造拠点として再生。大楠の木は今も変わらず、 この地を見守り続けている。

Last Chapter — 最後の日

11人の子どもたちと、最後の校歌。

2019年3月19日。閉校式の日。 在校生11人は自ら「なかよしイレブン」と名乗り、 127年の歴史に終止符を打った。 体育館には約100人が集まり、 前川紀子校長は子どもたちにこう送り出した。

"校章のカモメのように新しい世界へと
大きく羽ばたいてください"

前川紀子 校長 — 2019年3月19日 閉校式

「仲良しイレブンを合言葉に11人でいろいろなことをしたことが、僕の大切な思い出になりました」

最後の在校生 — 閉校式での言葉

「学校がなくなったら校歌もなくなります。6年間歌い続けた歌がもう聴けないと思うと、とても悲しいです」

最後の在校生 — 閉校式での言葉

大浜小学校の卒業生スタッフ 大浜スイーツアカデミーには、大浜小学校の卒業生も多く働いている。

Community Voice — 地域の声

地元議員が語った、閉校の重さ。

2019年3月19日の閉校式。詫間地区議員を代表して壇上に立った 三豊市議会議員・浜口やすゆき氏は、 地域の高齢化と少子化という現実を率直に語りながら、 学校が地域に果たしてきた役割の大きさを改めて示した。

"閉校という言葉を今一度かみしめ、卒業生や地域の皆様をはじめ、関係者の皆様の心情を思いますとき、愛惜の念、いかばかりかとご推察申し上げます"

浜口やすゆき(三豊市議会議員・詫間地区代表)— 2019年3月19日 大浜小学校閉校式 挨拶より

浜口議員はまた、閉校の背景として 「地域社会の高齢化と少子化」「年々減少する児童数」「大浜幼稚園の園児数減少」を挙げ、 大浜地区が抱える課題を丁寧に説明した。 それは批判でも嘆きでもなく、 地域の現実を次の世代に正確に伝えようとする、 地元に生きる人間の誠実な言葉だった。

"残された校舎や体育館を無駄にすることなく、市民と市外や海外からの御客様の新たな交流拠点になることを希望します"

三豊市議会議員(閉校式への参加コメント)— 2019年3月

閉校から4年後の2023年夏、 大浜スイーツアカデミーはまさにこの言葉を体現するように誕生した。 「市民と、地域外からのお客様が交わる場所」として。 地域の人々の願いが、一つひとつ形になりつつある。

地元の獅子舞・例大祭式など地域イベントへの参加 大浜スイーツアカデミーは、地元大浜地区の祭りや例大祭にも積極的に参加。地域との絆を守り続けている。

School Song — 校歌

歌声は、まだここにある。

昭和40年に制定された校歌は、 半世紀以上にわたって子どもたちに歌われてきた。 閉校式では全員が声を合わせ、 体育館いっぱいに歌声が響き渡った。 その言葉は、この地の自然と子どもたちへの祈りそのものだ。

大浜小学校 校歌 — 第一番
豊かな潮 流れゆき
きらめき光る 燧灘
潮の流れは 我らの心
豊かに強く美しく
ああ 我が大浜小学校

燧灘(ひうちなだ)——瀬戸内海の最西部に広がる、 穏やかで豊かな内海。 この校歌は、荘内半島で育つ子どもたちを 「潮の流れ」に重ねた詩だ。 豊かに、強く、美しく。 その言葉は今も、大浜スイーツアカデミーのものづくりの根底に流れている。

想い出が残る体育館 閉校式が執り行われた体育館 — 今もその空間は残る。

Symbol — 大楠の木

樹齢600年の大楠が、すべてを見ていた。

校庭の端にどっしりと立つ、樹齢600年の大楠。 大浜小学校が開校するずっと前から、この地に根を張っていた。 明治・大正・昭和・平成・令和——5つの時代を生き抜き、 6,000人以上の子どもたちの成長をただ静かに見守ってきた。

廃校になった後も、地域の人々の願いはひとつだった。 「この大楠を守り、この地を大切にしてくれる人に引き継いでほしい」——。 その声に応えるように、株式会社本気モードはこの場所を選んだ。 大楠は今も、大浜スイーツアカデミーの校庭に変わらず立ち、 新しいものづくりの日々を見守り続けている。

シンボルツリー・大楠の木 樹齢600年のシンボルツリー「大楠」— 大浜スイーツアカデミーの守り神。
600
大楠の推定樹齢
22,640
再生された敷地面積

Inheritance — 受け継ぐもの

卒業生が、ここで働く。

大浜スイーツアカデミーには、 大浜小学校の卒業生が多く働いている。 思い出深い学校で再び働けることを、 彼らは心から喜んでいる。

製造ラインが動くたびに、廊下に香るチョコレートの甘い香りは、 かつての給食室から漂っていたにおいとは違う。 でも、人々の笑い声と仕事に向かう真剣な目は、 かつてこの校舎を満たしていた子どもたちの気配と どこか重なる。 場所が持つ記憶は、消えない。

スイーツを手作業で製造するスタッフ 衛生管理が行き届いた製造環境

"この場所を守り、
新しい価値をここから届けていく。"

株式会社本気モード — 代表取締役 樋口 憲一

Next — この場所を体感する

127年の記憶が宿る場所へ、
ようこそ。

大浜スイーツアカデミーは、 地域の記憶を守りながら前へ進む場所です。
工場見学や商品の購入など、
さまざまな形でこの場所とつながれます。

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廃校を買った理由。なぜスイーツなのか。
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